続きです。ある夜、見事に裏を書かれた。経理室のドアが開かないうちに塊炭をカマスに入れて逃げれば掴らないのだが、今度は上等兵の奴寒くて暗いところで待ち伏せしていた。私は音の出ないように塊炭をカマスに入れていたその後ろからいきなり竹刀で二、三発かまされた。驚いて立ち上がったら「コラ、貴様は何病棟の患者だ。」と大きな声でどなられた。上等兵が立っていたのである。「三病棟です。)と言うと、「何だ。外科か。こっちに来い。」と経理室に連れ込まれた。しまったと思ったがもう遅い。待ち伏せしている方も寒いが、こちらも寒い。「軍人勅語五箇条を言ってみろ。」これはこんなときの決まり文句である。「ハイ」 1軍人は忠節を尽くすを本文とすべし 1軍人は礼儀を正しくすべし 1軍人は武勇を尚ぶべし 1軍人は信義を重んずべし 1軍人は質素を旨とすべし と言ったら上等兵はまじめな顔で、お前は下手だなぁ(何が下手だか盗み方が下手だとも聞こえる)。 「お前、内地はどこか。)と聞かれた。「東京です。」と言ったら「俺も東京だ。」「少しペチカに当っていけ。」と言うのでペチカの所へ言ってみると、病棟は粉炭が多いが経理は塊炭ばかりでよく燃えている。・・・だいぶ差をつけているな・・・今度は上手く盗んでやろうと思った。これも三病棟の為だ。ほしひとつは辛い。東京の話を調子よく話しているうちにお互い親しくなった。同郷は良いものだ。不寝番が回ってきて経理室のドアをノックした。 上等兵が「ホイ」つと返事をして「異常なし。」と告げると「ハイ」とドアを開けずに行ってしまった。そしても上等兵は私に「不寝番が回ってきたぞ。そのカマスを持って早く帰れよ。」と言う。すぐに表に出てカマスを持ってみた。私が入れた三分の一くらいがそのままになっていたのでもって病棟に帰った。 |